今日、Antigravityを使ってブログ更新システムを完成させた。
その過程で、たまたま、しかし必然のように起きた面白い体験がある。「ブログを書きながら、その執筆システム自体をリアルタイムで修正し、更新する」というループだ。
執筆は、システム構築の「実証」である
これまで、ブログを書くことはどこか「義務」や「アウトプット」という側面が強かった。しかし、自分で組んだプログラムを通じて記事を投げ込み、AIが生成した画像とともにメディアが立ち上がる瞬間を味わうと、その認識がガラリと変わった。
僕が本当に愉しいと感じていたのは、ブログを書くことそのものよりも、「ブログを更新する仕組み」を創り、磨き上げることの方だったのだ。

思考の純度を下げないために
面白いものを創るというのは、誰かのためではなく、「ああ、楽しい」と自分自身が心底感じられることだ。
そのためには、思考をバラバラに細分化しすぎるのは良くない。便利な「プラグイン」や「切り替え可能な設定ファイル」といったシステム的な自由度を安易に増やすよりも、今はもっと、自分の中から出てくる言葉やイメージの「量」や「深さ」を、この装置でどう受け止めるかに集中したい。
自由度ではなく、純度。 多機能ではなく、増幅の精度。
勉強しながら進む、この心地よさ
書きながらシステムが改善され、改善されたシステムがまた次の執筆を誘発する。 この「勉強しながら進んでいる」という感覚が、たまらなく心地よい。
AIに使われて書くのではなく、AIという新しい装置を作り上げながら、自分の能力を広げていく。 そんな感覚で進める今のプロセスは、これまでにない確かな手応えを僕に与えてくれている。
—
今日の気づき
- 「面白い」は自分勝手でいい。
- 装置を作ることは、思考の解像度を上げることと同義。
- 複雑化を避け、深さにステータスを振る。