AIで失敗できないのが失敗だ。
AIを使ったから悪い。そうじゃない。 使って失敗をたくさんできないことが、本当の失敗なのだと思う。
なぜなら、AIを鮮やかに使いこなしている人こそ、その裏側で、驚くほどの数の失敗を積み上げているからだ。

成功の裏にある「歪み」を歓迎する
失敗をしないと、マスターピース的なものはできない。 効率や正解だけを追い求めて、「きれいなもの」を並べていても、そこには温度が宿らない。
今の時代、増え続けるコンテンツに対して、おそらく誰もが反乱し、のみ込まれそうになってしまう。 でも、それに対抗する手段は、実際に出口のないような試行錯誤を繰り返して使いこなしている人か、あるいは全く使わないで済むような特殊な職業の人にしか残されていない。
少なくともプライベートで何かをやるなら、私は思いっきり失敗したい。 AIを使って失敗のスリルを味わわない限り、その先にある本当の成功にも届かないからだ。

「できない」が「できる」に変わる瞬間の先
最近は、驚くほどプログラムが作れるようになってきた。 もちろん、セキュリティの専門家や本職のプログラマーから見たら、まだまだ甘いものかもしれない。
でも、確実に「できるようになってきている」という実感がある。 だからこそ、ここでもう一歩先の動きをするためにはどうすればいいのかを考えるべきだ。
そして、そのためにこそ「思いっきり失敗をする」べきだ。 何が失敗なのかを身をもって理解しないと、何が成功なのかも、結局はわからないままなのだから。

最後には未完成であることも、歪んでいることも、すべてを受け入れて進んでいきたい。 失敗の数だけ、その先にある表現は呼吸を始めるのだから。