父が亡くなった夜、線香の匂いがした

父が亡くなった夜、線香の匂いがした

父が亡くなった。

余命一ヶ月と言われてから、二週間がたっていた。
昨日、また会いに行った。

体の調子は、もちろんよくなかった。
でも、なんとか生きていた。

だから、どこかで思っていた。

このまま、もう少し続くんじゃないか。
あと一ヶ月くらい、いけるんじゃないか。

でも次の日、急に電話がかかってきた。

父が亡くなったと聞いた。

急いで実家に戻った。
会いに行った。

体は、もう冷たくなっていた。

昨日、手に触れておいてよかった。
息子とも、最後にタッチしてもらえてよかった。

父のスマホには、孫である僕の息子の写真が飾ってあった。
それを見て、胸がいっぱいになった。

今日は、父が亡くなった夜だ。

なんとなく、夜中の2時ごろに目が覚めた。
すると急に、お線香の匂いが鼻に入ってきた。

我が家では、お線香をたいていない。
なのに、たしかに匂いがした。

不思議だった。

会いに来たのかな。

そう思った。

昨日はまだ生きていた

昨日は、父にまた会いに行った。

あと2週間と言われた。

前に会ったときは、まだ「次も会いに行く」と思っていた。

そこから時間が進んだ。
今度は、残された時間がもっとはっきり見えている。

何を話せばいいのか。
何を聞けばいいのか。

いろいろ考えたけど、伝えることはシンプルでいいと思った。

伝えたいことがあったら聞くよ

前回より、言葉を出すのもかなりつらい状況だと思う。

だから、長く話さなくていい。
答えがなくてもいい。

言うなら、これくらいでいい。

「来たよ」

「伝えたいことがあったら聞くよ」

「話せなくても大丈夫」

それだけでいい。

こっちが聞きたいことを並べるより、親父が伝えたいことを聞きたい。

聞けることが、何よりうれしかった。

話を聞けるだけでうれしい

「何か言い残すことはある?」みたいな聞き方は、たぶん重い。

言うなら、もっと短くていい。

「聞くよ」

「話せることだけでいいよ」

「うなずくだけでもいいよ」

それくらいでいい。

返事がなくても、そばにいる。
話せたら聞く。

父さんの話を聞けるだけでうれしい。

それを伝えたかった。

銀座に連れて行ってくれた日

今だから、自分から伝えたいこともある。

卒業祝いに、銀座へ連れて行ってもらった日のこと。

あの日のことを、今でも覚えている。

うれしかった。

だから、短く言う。

「銀座、覚えてる」

「うれしかった」

「ありがとう」

全部をきれいに話そうとしなくていい。

言葉が短くても、伝わるものはある。

会いに行ってよかった

前回みたいには話せないかもしれない。

たぶん、その場ではうまく話せない。

自分も泣くかもしれない。
親父も話せないかもしれない。

でも、会いに行った。

「来たよ」

「聞くよ」

「ありがとう」

これだけ持って行った。

長い言葉はいらない。

父が伝えたいことを聞ける。
それが、今の自分には何よりうれしかった。

その次の日に亡くなるなんて、思っていなかった。

でも、昨日会えてよかった。
手に触れてよかった。
息子と最後にタッチしてもらえてよかった。

あの線香の匂いは、何だったんだろう。

会いに来たのかな。

今は、そう思っている。

attrip

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考えたことを、記事・AI・音楽に変えて発信しています。

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