AIに対する不安は、AIを使うことでしか解消できない。最近、つくづくそう思う。
SNSを開けば「AIで業務が劇的にスムーズになった」という話が溢れている。元同僚も同じようなことを言っていた。 昨日も、落合陽一さんがClaude Desktop上でローカルのように動くソフトを開発したというニュースを目にした。
便利なものが次々と生まれ、誰かがそれを使いこなしていく。 その様子をただ「いいな、いいな」と外側から眺めていると、自分だけが取り残されていくような、置いてきぼりにされるような恐怖に襲われる。

「使いやすさ」は、自分の中にしかない
結局のところ、自分が本当に「使いやすい」と思えるもの、信頼して「耐えうる」と思えるものは、自分自身の頭で考え、自分の手で作るしかないのだと改めて気づいた。
汎用的なツールは世の中にたくさんある。けれど、自分のわずかな思考の揺らぎや、固有の業務リズムに完璧にフィットするものは、自分にしか分からない。
今の時代、僕たちには「言葉」という最強のインターフェースがある。 自分がやりたいことを言葉にし、賢いAIにそれを伝え、対話しながら自分だけの「装置」を組み上げていく。
眺めるのをやめて、手を動かす
取り残されるのが怖いなら、手を動かすしかない。 わからないことはAIに聞き、失敗したらコードを書き換え、また試す。
この週末、僕がやったこともまさにそれだった。 既存のシステムを弄り、エラーを出し、AIとともに修正し、ブログを更新する仕組みを整える。
そのプロセスの中に身を置いているとき、あんなに怖かった「取り残される恐怖」はどこにもなかった。 あるのは、自分の能力が拡張されていく純粋な喜びと、新しいものを作り出している手応えだけだ。

賢いAIという最高のパートナーは、もう目の前にいる。 あとは、僕たちが何を創りたいかを言葉にするだけだ。
さあ、今日も手を動かそう。 自分のための「装置」を、自分の手で育てるために。