AI(Antigravity / Codex)とともに、こうして半自動でブログを更新し始めて気がついたことがある。
「どんな修正をしたいか」を伝えながらブログを書き、プログラムを直し、また書く。 このプロセスを繰り返していると、自分が何をやり、何を考えたのかがすべてMarkdown(md)として蓄積されていく。
これが、たまらなく心地よいのだ。
蓄積が、AIと自分を「賢く」する
対話の履歴そのものがデータとして残り、それを読み返すことで次のステップがより鮮明になる。 何より嬉しいのは、この蓄積によってAI(装置)が僕の考え方を深層まで理解し、どんどん「賢く」なっていくことだ。
また、途中でコードレビューを挟むことで、自分自身の理解もより整理され、深まっていく。 いまやこのブログと開発環境のセットは、単なるアウトプットの場ではない。 「僕の脳みその2つ目」という存在になりつつある。

溢れ出すドーパミンと、終わらない冒険
自分の思考が装置と同化し、やりたいことが次々と形になっていく。 そうなると「次はこんなことを試そう」「あれもできるかもしれない」というアイデアが止まらなくなり、ドーパミンが溢れ出すのを感じる。
そしてまた、次のコードを書き、次の記事を綴る。 このポジティブなループが、僕をさらなる高みへと押し進めてくれる。
メモこそが、未来の自分への財産
たとえ断片的なメモ書きであっても、それを残しておくことが未来の自分にとっての大きな財産になる。 AIと対話し、mdとして刻み込んだすべての瞬間が、僕の一部として、脳の外部ストレージとして生き続ける。
「装置」を作りながら「表現」する。 この新しいスタイルの先に、どんな景色が待っているのか。 ワクワクしながら、今日も mdファイルに向き合っている。
