フリーメイソンが赤十字を設立って本当なのかな?

「フリーメイソンが赤十字を設立した」というのは都市伝説で、史実ではない。
なぜそう断言できるのか
| ポイント | 事実 | 出典 |
|---|---|---|
| 創設者 | 1863年、アンリ(ヘンリー)・デュナンと4人のジュネーブ市民が「五人委員会」を組織。これが国際赤十字委員会(ICRC)の前身。 | 国際人道法データベース |
| デュナン=メイソン説 | メイソン系サイトが「デュナンはフリーメイソン」と主張するが、入会台帳など一次資料は見つかっていない。 | ブリティッシュコロンビアとユーコンのフリーメイソン |
| 反証 | デュナンの専門研究組織(Société Henry Dunant)の調査報告「Henry Dunant franc-maçon ? Certainement pas à 99 %」は、ほぼ確実にメイソンではなかったと結論。 | Société Henry Dunant |
| シンボル混同 | メイソン内部階級「Red Cross of Constantine」は18世紀英国発祥で、国際赤十字とは無関係。シンボルが似ているだけ。 | ウィキペディア |
まとめ
- 赤十字誕生の動機は、デュナンが1859年ソルフェリーノの戦場で見た無残な負傷兵の惨状。メイソン活動でも宗教運動でもなく、純粋な人道的衝撃が出発点。
- メイソン関与の一次証拠はゼロ。あるのは1930年代以降のメイソン辞典やウェブ記事など二次・三次情報のみ。
- 類似シンボルの錯覚が「フリーメイソン創設説」を補強しているが、歴史・制度・資金面で両組織はまったく別物。
要するに、フリーメイソンとの関連は後世のこじつけ。
赤十字の起源は「一市民の良心」と「国際的合意」にある――それだけだ。
赤十字社(せきじゅうじしゃ)とは
赤十字社とは
スイス人実業家アンリ・デュナンの提唱で1863年に誕生した人道支援団体。
掲げる 7原則 は 「人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性」。
戦争・災害時に敵味方を問わず救護活動を行う。
法的な位置づけ
- ジュネーブ条約 に基づき、各国で特別な法人格と権限を持つ。
- 医療・衛生部隊の人員や資機材は、赤十字標章の保護下に置かれる。
- 赤十字標章の使用は条約で厳格に制限され、無断使用は違法。
シンボルと名称
| マーク | 呼称 | 主な使用地域 |
|---|---|---|
| 白地に赤十字 | 赤十字社 | 多くの国(基になったのはスイス国旗の色反転) |
| 白地に赤新月 | 赤新月社 | イスラム圏(十字への宗教的抵抗から派生) |
| 白地に赤菱形 | レッドクリスタル | 2005年採択の中立シンボル。内側に各国固有マークを入れてもよい |
その他、イスラエルの「ダビデの赤盾」、旧イランの「赤獅子太陽」など歴史的標章も存在。
世界の普及状況(2007年3月時点)
- 赤十字社:152 か国
- 赤新月社:33 か国
- その他(赤盾など):1 か国
合計 186 か国が活動。
日本での扱い
- 赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律
- 標章の使用は 日本赤十字社 とその許可を受けた者のみ。
- 違反すると懲役または罰金。
- 一般の病院や広告での誤用が多く、日赤が注意喚起。
- 有事の際は都道府県知事などが医療機関に標章使用を命じることができる(武力攻撃事態等対処法)。
要点まとめ
宗教・文化に配慮し、新月・クリスタルなど複数シンボルを採用。
赤十字は「人道支援の国際スタンダード」。
標章は命を守る“盾”。無断利用は法律違反。
歴史
1859年 – アンリ・デュナン、北イタリアでソルフェリーノの戦いに遭遇
1863年 – 「国際負傷軍人救護常置委員会」(五人委員会。現・赤十字国際委員会)が発足。赤十字標章等を定めた赤十字規約を採択。
1864年 – スイスなど16カ国が参加した外交会議で、最初のジュネーブ条約採択(陸戦に適用)
1867年 – 第一回赤十字国際会議
1876年 – 赤十字国際委員会結成、イスラム圏で赤新月の使用始まる
1881年 – アメリカ赤十字結成
1887年 – 日本赤十字社結成
1899年 – ハーグ陸戦条約締結。ジュネーブ条約の適用を海戦にも拡大
1901年 – アンリ・デュナン、第1回のノーベル平和賞を受賞
1907年 – ハーグ陸戦条約改定、中国紅十字会結成
1914年 – 第一次世界大戦勃発
1917年 – 赤十字国際委員会がノーベル平和賞受賞
1919年 – 赤十字社連盟結成(本部:パリ)
1928年 – 赤十字国際規約採択
1929年 – 捕虜の待遇に関する条約を追加したジュネーブ条約に約50カ国が批准、加盟。イスラム圏における赤新月マークの公認
1939年 – 第二次世界大戦勃発、赤十字社連盟本部パリからジュネーブに移転
1944年 – 赤十字国際委員会が2回目のノーベル平和賞を受賞
1949年 – ジュネーブ四条約を採択
1963年 – 赤十字国際委員会、赤十字社連盟とともにノーベル平和賞受賞
1977年 – 四条約に追加される2つの議定書を採択
1983年 – 赤十字社連盟、赤十字赤新月社連盟と改称
1991年 – 赤十字赤新月社連盟、国際赤十字・赤新月社連盟と改称
2005年 – 新たな標章(レッドクリスタル)を定めた第3追加議定書を採択
日本赤十字社(にっぽんせきじゅうじしゃ)は、1952年に制定された日本赤十字社法(昭和27年8月14日法律第305号)によって設立された特殊法人。社員と呼ばれる個人参加者の結合による社団法人類似組織である。日本において赤十字活動を行う唯一の団体。略称は「日赤」(にっせき)。名誉総裁は皇后美智子、名誉副総裁には、代議員会の議決に基づき、各皇族が就任している。代表者である社長は近衞忠煇(旧公爵近衛家当主)。
略歴
1877年(明治10年) – 前身の「博愛社」創立
1886年(明治19年) – ジュネーヴ条約に加入
1887年(明治20年) – 「日本赤十字社」に改称 当時の標章は日章の下に赤線一本(キリスト教を嫌った三条実美太政大臣の「耶蘇のしるしじゃ」の一言で変えさせられた)
1888年(明治21年) – 磐梯山噴火で世界初の平時救護(それまでは「戦時救護」のみ)活動・日赤初の災害救護活動でもある。
1890年(明治23年) – オスマン帝国特派軍艦のエルトゥールル号遭難事件に際して救護班を派遣する。
1920年(大正9年) – ロシア革命で取り残されてしまったポーランド孤児救済を実施する(第1次)。
1942年(昭和17年) – 太平洋戦争に際して捕虜救恤委員部を設置する。
1952年(昭和27年) – 日本赤十字社法施行、血液銀行開設
1959年(昭和34年) – カルカッタで日朝赤十字社により在日朝鮮人帰還協定が締結。
※この後も国内外での戦争、紛争、大規模災害などの直接・間接的な救援活動は数知れず。
※阪神・淡路大震災では各国赤十字社の救援を受けた。特にスイスからの災害救助犬の派遣は前例がなく受け入れにスムーズさを欠いたが、活動開始後は被害者の救出に威力を発揮し、災害救助犬の重要性を認識させた。
歴代社長
日本赤十字社社長 代数 氏名 任期 階級・官公職・爵位・学位・称号
1 佐野常民 1887年5月24日 – 1902年12月7日 〔職〕農商務大臣 〔爵〕伯爵 〔称〕日本赤十字社名誉社員
2 松方正義 1902年12月 – 1913年12月 〔職〕内閣総理大臣 〔爵〕公爵
3 花房義質 1911年12月30日 – 1917年2月21日 〔職〕枢密顧問官 〔爵〕子爵
4 石黒忠悳 1917年2月21日 – 1920年9月4日 〔職〕陸軍省医務局長 〔爵〕子爵
〔軍〕陸軍軍医総監(中将相当官) 〔学〕医学博士
5 平山成信 1920年9月4日 – 1929年11月2日 〔職〕内閣書記官長
6 徳川家達 1929年11月2日 – 1940年6月5日 〔職〕貴族院議長 〔爵〕公爵
7 徳川圀順 1940年6月25日 – 1946年7月19日 〔職〕貴族院議長 〔爵〕公爵 〔軍〕陸軍少佐
8 島津忠承 1946年7月19日 – 1965年2月13日 〔爵〕公爵 〔称〕日本赤十字社名誉社長
9 川西実三 1965年2月13日 – 1968年2月13日 〔職〕埼玉県知事
10 東龍太郎 1968年3月15日 – 1978年3月31日 〔職〕東大教授、茨城大学長、東京都知事 〔学〕医学博士〔称〕東大名誉教授、名誉都民、日本赤十字社名誉社長
11 林敬三 1978年4月1日 – 1987年3月31日 〔職〕住宅・都市整備公団総裁 〔称〕日本赤十字社名誉社長
12 山本正淑 1987年4月1日 – 1996年10月 〔職〕厚生事務次官 〔称〕日本赤十字社名誉社長
13 藤森昭一 1996年10月 – 2005年3月 〔職〕宮内庁長官、内閣官房副長官 〔称〕日本赤十字社名誉社長
14 近衞忠煇 2005年4月 – 〔職〕日本赤十字社副社長 〔爵〕(旧近衛公爵家当主)
