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Xは日本語で書くべきか、英語で書くべきか。AIの話を世界に投げてみたい

公開日 · 更新日 · 4 MIN READ · 理解の記録

RECORD / 2026

最近、Xへの投稿を日本語で書き続ける意味を考えるようになった。僕が毎日のように話しているのは、ChatGPTやClaude、Jev、AIを入れたゲームやブラウザでの実験だ。

新しいモデルを触った。ゲームが思いどおりに動かなかった。別の方法を試したら直った。そういう記録を書きながら、ふと思った。これ、日本語だけで話している必要があるのだろうか。

今の答えは、AIやゲームの実験はXで英語でも投げてみる。一方、考えた過程は日本語のブログに残す。英語投稿が本当に会話につながるかは、これから自分で確かめたい。

欲しいのは「いいね」より、別の発想

ChatGPTもClaudeも、世界中の人が使っている。僕が面白いと思ったことを、アメリカの開発者ならどう見るだろう。韓国の人は別の使い方をしているかもしれない。自分では思いつかなかった直し方を、インドのエンジニアが教えてくれるかもしれない。

これは、まだ起きたことではなく、僕が期待していることだ。欲しいのは単純な「いいね」の数より、作ったものに対する「こうしたらもっと面白いんじゃない?」という返事だ。

英語は母語だけでなく、第二言語として使う人にも読んでもらえる。タイムラインで日本語の投稿を毎回翻訳してもらえるとは限らない。だからAIやプログラミングの話なら、英語で投げる意味があると思う。

たとえば、ブラウザゲームを作った日なら、“I made a browser game and asked an AI to beat my high score.” と書いてみる。短いけれど、何を作ったのかが伝わり、相手も自分の試し方を返しやすい。

英語にすれば伸びる、とは思っていない

英語で書けば、参加できる人の範囲は広がる。でも、投稿を見てもらえる保証はない。英語でAIやゲームの話をしている人も多い。日本語では珍しく見える実験が、英語ではすでに何度も試されているかもしれない。

だから、英語投稿の表示回数だけで成功を決めたくない。少数でも、作ったものを見て具体的な提案を返してくれる人がいれば、それは大きい。

日本語には、思考をそのまま残せる強さがある

一方で、「なぜこれを作ったのか」「どこで失敗したのか」「触って何を感じたのか」は、日本語のほうが細かく書ける。英語にすると説明が短くなり、考えを整理できることもある。でも、試行錯誤の手触りまで残したいときは、日本語のブログが合っている。

だから、ブログまで全部英語にするつもりはない。Xで会話を始め、ブログで考えを残す。この二つに別の役割を持たせたい。

Xで会話し、ブログで記録する

AIやゲームの実験を作ったら、Xで英語でも話しかけてみる。返事が来たら試す。面白い意見や失敗があれば、それも含めて日本語のブログに残す。

作る、英語で話しかける、返事を試す、日本語で記録し、また作る循環

これは「海外向けインフルエンサーになる」という話ではない。世界中で同じAIを触っている人に、「みんなはどう使ってる?」「もっといい方法ある?」と聞いてみたいだけだ。

しばらく英語投稿を増やして確かめる

まずはAI、Jev、ブラウザゲームの投稿で英語を増やしてみる。日本語の投稿も続ける。どちらか一方に決めるのは、そのあとでいい。

見たいのは、表示回数と返信数だけではない。どんな提案が返ってきたか。その提案で作ったものが変わったか。やり取りが次の実験につながったか。国や地域については、相手が自分で示している場合に限って記録する。

Xを日本語で書くべきか、英語で書くべきか。まだ正解は分からない。だからしばらく、英語で世界に話しかけてみる。知りたいなら、やってみて確かめる。

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