文字を書く。
やはり、これが基本なのだと思う。
今回、AIの利用枠が50%減るまでに約12時間かかった。
いまの使い方では、一週間はもたない。明らかにもたない。現在は自分の画面で5倍のプランを使っているけれど、最初から20倍にしておけばよかったのかもしれないとも思う。
ただ、利用枠を増やせば終わる話ではない。
さらに4倍使えるようになったら、いまと同じ使い方でも一週間はもつかもしれない。でも、余裕が増えれば、僕の使い方もまた変わる。AIへもっと任せ、もっと速く作り、もっと大量に試すようになるだろう。
だから、使用量をどう減らすかだけを考えても、たぶん追いつかない。
僕が減らしてしまったのは、AIの利用枠だけではない。
自分で文字を書く時間も減っていた。
これからは、文字を作ることに専念してみたい。
「書く」というツールを作ったのに、10分でやめてしまう

僕は「書く」というツールを使って文字を書いている。
25分書くための制約がある。
でも、たいていは10分くらいで諦めてしまう。
悪いわけではない。10分で書けたなら、それも書いた時間です。ただ、10分で止めたという事実も残る。
25分書いたら、文章量はそれなりになる。
それ以上に、最初の10分では出てこなかった大切な言葉が、後半に出てくるのではないかと思う。
最初は、起きたことを書く。
次に、うまくいかなかった理由を考える。
もう少し書くと、自分が本当は何を作りたかったのかが見えてくる。
僕にとって25分は、文章を長くするための時間ではない。
自分の中にある「もう一声」を探す時間なのかもしれない。
ツールを作ると、たくさんの文字が生まれる
一つのツールを作ると、たくさんの言葉が残る。
作りたかった理由。最初の案。AIへの依頼。うまくいかなかった画面。途中で消したもの。最後に動いたもの。
あとから見返すと、何が失敗で、何が正解だったのかを考えるのが面白い。
最終形に何が効いたのかを追っていくと、自分が途中で投げた一言が効いていることがよくある。
長い指示ではない。
「ここが違う」
「もう少しこうしたい」
「それはいらない」
そういう短い言葉です。
AIが大量に作ったものの中で、最後に方向を変えたのは、自分の一言だったりする。
それなら、その一言こそ残したほうがいい。
完成したコードや画像だけでなく、どの言葉で結果が変わったのかを残す。それが次の制作でいちばん使える記録になるかもしれない。
野球ゲームの投球モーションで、AI任せの限界が出た

今回、野球ゲームを作っていた。
投球モーションを学習させるために画像を作り、そこから動きを作ろうとした。でも、うまく作れなかった。
AIに任せると、それなりの形にはなる。
ただ、「それなり」で止まる。
投げているようには見える。でも、気持ちいい投げ方ではない。力がどこから入り、腕がどの順番で動き、最後にどこへ抜けるのか。自分が見たいものを、僕自身が言葉にできていなかった。
AIの能力が足りないだけではない。
僕がゴールを正確に描いていなかった。
何が違うのかを声に出し、言葉にして、もう一度渡す必要があった。
ここをAI任せにすると、速く形にはなるけれど、僕の「気持ちいい」には届かない。
僕の「詰めの甘さ」は、もう一声をかけないことだった
僕には、詰めの甘さがある。
作ってみないと、何ができて、何が面白くないのかが分からない。だから、まず作る。それは悪いことではないと思う。
問題は、形になったあとです。
「できた」と思い、そこで止めてしまう。
息子が絵を作っているときにも、同じことを感じる。
とても勉強熱心で、本人は「これで十分」と言う。でも僕には、「ここへもう一声入れたら、もっとよくなるのに」と見えることがある。
たぶん、自分の制作にも同じことが起きている。
完成したかどうかだけを見ていると、十分に見える。
一度作業を止めて眺めると、足りないものが見える。
大切なのは、作業を続けることではなく、いったん止めて考える時間なのだと思う。
この結果で、本当に気持ちいいか。
自分が最初に作りたかったものになっているか。
もう一声かけるなら、何と言うか。
この間がないと、AIは「それなり」を高速で増やしてしまう。
文字を残す目的は、次のAIを迷わせないこと
文字は、たくさん残せばよいわけではない。
次の制作をよくするために、何を残すかを決めたい。
今回のような制作なら、次の7つを残してみる。
作ろうとしたもの:
最後に欲しかった状態:
途中で失敗したこと:
AI任せにしてしまった場所:
結果を変えた自分の一言:
完成後に足りないと感じたこと:
次回、最初に伝える一文:
これなら、作業ログの要約では終わらない。
何が起きたかだけでなく、自分がどこで判断したかが残る。
次に同じようなものを作るとき、AIへ長い履歴を全部読ませなくてもいい。「次回、最初に伝える一文」から始められる。
それが結果的に、使用量を抑えることにもつながるはずです。
文章の強さを、しばらく数字でも見てみたい
文章の気持ちよさを、数字だけで決めることはできない。
でも、自分の習慣を変えるために、記録することはできる。
しばらくは、次の数字を残してみたい。
| 見るもの | 残す内容 |
|---|---|
| 書いた時間 | 10分で止めたか、25分まで書いたか |
| 自分の判断 | 「違う」「残したい」と言葉にできた回数 |
| 最後に効いた言葉 | 結果を変えた短い一言 |
| 手戻り | 同じ失敗をAIに何回させたか |
| 利用枠 | 50%減るまでに何時間かかったか |
| 次回への一文 | 次の制作を始めるとき最初に渡す言葉 |
計算したいのは、文章のうまさではない。
自分の言葉が、次の結果をどれだけ強くしたかです。
25分書いた日は、本当に手戻りが減るのか。
最初にゴールを書いた日は、AIの出力が早く自分の欲しいものへ近づくのか。
最後に効いた一言を残すと、次回は同じ場所で迷わなくなるのか。
これは、実際に記録してみないと分からない。
だから試してみる価値がある。
次回から、作る前と作った後に25分書く
今回の振り返りで分かったのは、AIを使いすぎたということだけではない。
僕は、自分の考えを声に出し、言葉にする前に、AIを走らせすぎていた。
これからは、作る前に書く。
何を作りたいのか。最後にどうなっていてほしいのか。何を気持ちいいと感じるのか。
作った後にも書く。
何が失敗だったのか。最後に効いた一言は何か。もう一声かけるなら何と言うか。
毎回25分できるかは分からない。たぶん、また10分で止める日もある。
それでも、10分で終わったことを記録する。そして次は、残りの15分で「もう一声」を探す。
AIの利用量を減らすためだけではない。
よりよいものを作るために、自分の言葉を増やしたい。
次回は、制作を始める前にこの文章を読み返すところから始めます。






