落合陽一さんが、初小説『すべては計算でできている』をAIで作った。
「自分では1文字も書いていない」という見出しを見たときより、そのために自分の書籍、note、X、発話、昔の記録まで集めたと知ったときのほうが気になった。
これは、自分でも作れるかもしれない。
もちろん、落合さんと同じ3.4億文字のデータや専用の計算環境は用意できない。でも、僕には長く書いてきたattripの記事がある。制作中の会話も、途中で「これは違う」と消した案も、最近はかなり残っている。
それらを集めたら、自分が気持ちいいと思う文章を作るAIに近づけるのだろうか。
ここでいう気持ちよさは、文章がきれいに整っていることではない。
思いついたときの勢いが残っている。実際に触ってみて、予想と違ったことが書いてある。全部を説明しきらず、少し先を考えたくなる。そういう文章を僕は気持ちいいと感じるのかもしれない。
まだ答えは分からない。
だからこの記事では、落合さんが作った仕組みをそのまま再現するのではなく、自分の文章モデルを作るなら何を集め、何を試し、どこで「気持ちいい」と判断するのかを考えてみたい。
落合陽一さんが作ったのは、専用LLMだけではない
Real Soundのインタビューによると、落合さんは執筆依頼を受けた後、最初に小説を書くための「ハーネス」と「ループ」を設計しました。
ハーネスは、AIへ渡す道具、資料、ルール、実行環境をひとまとめにしたものです。ループは、生成、確認、修正、再生成を繰り返す流れです。
最初の出力は、地の文が平らで、文学的な新しさも足りなかったそうです。そこで本人の記録から専用モデルを育て、そのモデルに合わせてハーネスも作り直しました。
公式サイトの制作記録まで読むと、文章を書かせる前後にも多くの工程がありました。
| 層 | 役割 | 小説制作で行われたこと |
|---|---|---|
| 記録 | 本人らしい言葉の材料 | 書籍、発話、ノート、過去の記録を収集 |
| モデル | 言葉の分布を学ぶ | 既存の日本語8Bモデルを基礎にLoRA学習 |
| ハーネス | 目的と制約を固定する | 企画書、章の条件、文学性などを設定 |
| ループ | 原稿を育てる | 複数エージェント間で生成、追加、削除、再生成 |
| 選択 | 最終責任を持つ | 人間が違和感を伝え、残す文章を決める |
書籍公式サイトには、資料群は重複を含めて約3億4千万字、中心となったochiai-v20は既存の日本語8Bモデルを土台にしたとあります。
数字の大きさより気になったのは、モデルだけで本文を決めなかった点です。
記録を集める。モデルを作る。企画から外れないように制御する。複数案を往復させる。最後は人間が選ぶ。
すべてがつながって、初めて一つの文章制作システムになる。
僕が真似したいのは、3.4億文字という規模ではなく、この往復です。
本だけを集めても「本人らしさ」にはならなかった
インタビューで特に面白かったのは、整った文章だけでは個性が足りなかったという話です。
本人の書籍や論文だけでなく、X、note、対話の文字起こし、昔の記録なども素材にした。論文は形式が決まっているため、数を増やしても個性を作る材料としては弱かったと説明されています。
ここから分かるのは、自分らしさは語尾だけではないということです。
- 何に反応したか
- 話している途中で何を言い直したか
- どんな比喩を自然に使うか
- 失敗したときにどこを面白がるか
- 何を残し、何を捨てたか
完成した記事には、こうした揺れが少ししか残りません。会話、メモ、試行錯誤の記録には、考え方が動いた跡が残っています。
AIへ「僕っぽく書いて」と頼む前に、その「僕っぽさ」がどこに記録されているかを探す必要があります。
まず、自分が「気持ちいい」と感じた文章を探したい

落合さんと同じ規模で始めようとすると、データ整理、学習環境、評価だけで止まってしまう。
だから、いきなり専用LLMを学習するのはやめたほうがよさそうです。
その前にやることがある。
自分は、どの文章を気持ちいいと思ったのか。それはなぜか。
過去の記事を人気順に並べるだけでは分かりません。検索から読まれた記事と、自分がもう一度読みたい記事は違います。きれいに書けた記事より、勢いだけで書いた短い記事に自分らしさが残っていることもあります。
まずは過去の記事を読み直し、気持ちが動いた箇所へ印を付けてみたい。
- この始まり方は好き
- ここは調べた跡が残っている
- この失敗は消さなくてよかった
- この説明は整いすぎていて自分ではない
- この終わり方は、続きを考えたくなる
好きな記事を選ぶだけでなく、好きな一文と、その理由まで残す。
逆に、読んでいて気持ち悪い文章も集める。AIがきれいにまとめすぎた文章、突然大きな教訓を言い出す文章、やっていない体験をしたように書く文章。何を避けたいのかも、自分のモデルを作る材料になるはずです。
今のところ、試したい順番はこうです。
自分の記録 → 執筆条件 → 生成 → 評価 → 修正理由を記録 → 次の生成
ここで大切なのは、AIの出力を直して終わらないことです。
「なぜ違うと思ったのか」を残す。その一行が、次から使える自分専用モデルの一部になる。
最初は、5つのファイルで実験してみる
まだこれが正解かは分かりません。ただ、実験を始めるだけなら、次の5ファイルで十分そうです。
writing-model/
├── brief.md
├── facts.md
├── voice-samples.md
├── rules.md
└── review-log.md
brief.md:今回の記事で何を届けるか
読者:
読者が今知りたいこと:
最初に出す答え:
記事で扱う範囲:
扱わない範囲:
読後にできること:
テーマを広げすぎないための企画書です。途中で話が離れたら、ここへ戻します。
facts.md:確認できたことと、自分の感想を分ける
確認できた事実:
- 出典URL:
- 確認日:
自分で試したこと:
- 実行した操作:
- 結果:
まだ分からないこと:
-
AIは、事実、感想、推測を自然につないでしまいます。材料の段階で分けると、もっともらしい創作を減らせます。
voice-samples.md:きれいな代表作だけを入れない
最初は20〜40件で十分です。
- 自分が今も好きな記事 10本
- 話し言葉が残るメモや文字起こし 10件
- 実際に試した制作記録 10件
- AIの出力を「違う」と感じた例と理由 10件
成功例だけでなく、拒否した例も入れてみる。「何が好きか」だけでなく「何が自分ではないか」も境界になるからです。
rules.md:AIへの注文ではなく、判断基準を書く
- 結論を先に書く
- 実際に確認していない体験を作らない
- 外部情報には元リンクを付ける
- 分からないことを結論で埋めない
- 抽象的な教訓より、操作と結果を残す
- 公開は人間が明示したときだけ行う
「自然に」「魅力的に」のような言葉より、守れたか確認できるルールを置きます。
review-log.md:違和感を次回の資産にする
日付:
対象記事:
違った箇所:
違うと思った理由:
今回の直し方:
次回から使うルール:
この記録が増えると、毎回同じ注意を言い直す回数が減ります。
最初の実験では、文章を一度で完成させない

長いプロンプトで一気に完成原稿を作ると、どこでズレたのか分かりません。
最初の実験では、評価するものを分けてみます。
1回目は構成だけを見る
記事の問い、結論、見出しだけを出します。情報の順番が悪ければ、本文を書く前に直します。
2回目は事実だけを見る
出典と照合し、断定しすぎた箇所、数字、日付、人名を確認します。自分が体験していない出来事が混ざっていないかも見ます。
3回目は自分の温度を見る
きれいすぎるまとめ、急に現れる大きな教訓、本人なら使わない言い回しを削ります。ここで初めてvoice-samples.mdと比べます。
構成、事実、声を同時に採点しない。分けることで、直した理由が次のルールになります。
attripでは「記事を書くAI」より「記録を選ぶAI」を作りたい
attripには長年の記事、制作ログ、会話、試した結果があります。
でも、全部を同じ重さでAIへ渡せば自分らしくなるわけではありません。古い速報、寄稿、検索用に整えた記事、今とは考えが違う文章も混ざっています。
最初に必要なのは、文章を生成する機能より、今回のテーマに関係する自分の記録を選ぶ機能だと思います。
たとえば、新しいゲームの記事を書くなら、過去のゲーム紹介だけを探すのではない。
- 作ろうと思った最初の会話
- 実装で失敗した記録
- 画面を見て「いらない」と判断した箇所
- 公開前に確認した操作
- 公開後に読者から来た反応
これらを先に集めてから、記事の構成を作る。
AIに自分の代わりをさせるのではなく、自分でも忘れていた判断を探させる。ここから始めるほうが、attripらしい文章モデルになりそうです。
個人データを集めるときは、他人の記録まで学習させない
過去のメールやLINEには、自分の文章だけでなく、相手の名前、連絡先、秘密、仕事上の情報も含まれます。
「自分のデータだから自由に使える」とは限りません。
- 第三者の情報を削除する
- 公開AIへそのままアップロードしない
- 用途と保存期間を決める
- 学習への利用条件を確認する
- 仕事と個人の記録を分ける
巨大なデータセットを作ることより、使ってよい記録だけを選ぶことのほうが先です。
まず10本を選び、気持ちよさの理由を書いてみる
落合さんの制作から真似したいのは、「AIに全部書かせた」という結果ではありません。
本人の言葉を集め、目的に合わせて選び、出力の違和感を仕組みへ戻したことです。
まず、自分が気持ちいいと思う文章を探すところから始めたい。
最初に選ぶのは10本くらいでいい。
アクセス数が多い記事ではなく、「これは自分しか書かなかったな」と思える記事を選ぶ。そして記事全体ではなく、気持ちいい一文に印を付ける。
なぜ好きなのかも書いてみる。
勢いなのか。言葉の間なのか。自分で試した結果があるからなのか。説明しすぎていないからなのか。
そこまで集めてからAIに渡し、短い記事を一本書かせてみる。
たぶん最初は、どこか違う文章が出てくる。そのときに自分で直して終わらせず、「どこが違うのか」を残す。
それを繰り返したら、自分が気持ちいいと感じる文章の輪郭が少しずつ見えてくるかもしれない。
今はまだ、モデルを作ったわけではない。
でも、自分にも作れそうだと思った。
まずは過去の記事を10本選ぶところから始めます。






