画像生成のプロンプトを、自分が納得できる一枚のために作り直している。
これまでに生成した画像は、たぶん10万枚くらいある。
何度もプロンプトを作ってきた。誰かが使いやすいように整えたものもある。そういう仕事は好きだ。役に立つ形にするのは、気持ちがいい。
でも、誰かのために作ろうとすると、どうしても少し薄くなることがある。
万人に通じるようにしているうちに、自分が本当に見たいものから遠ざかる。
今回は逆から始めた。
自分が「これならいい」と思える画像を作るには、何を言葉にすればいいのかを考えている。
広告みたいに伝わる。でも嫌な気持ちにさせない
作りたいのは、広告みたいに力のある画像だ。
ぱっと見て、何かを言っている。
使う場所によっては、実際に広告としても機能する。
ただ、強い言葉や強い構図で、人を押し切りたくはない。
言いたいことは言えている。
それでも、見た人が嫌な気持ちにならない。
そんな画像が作れたら、本当にいい画像だと思う。
目を引くだけでは足りない。
見終わったあとに少し気持ちが残ること。圧迫感ではなく、考える余白が残ること。その両方がほしい。
まずは画像をつくるための小さなサイトを作った
そのためのベースとして、小さなサイトを作った。
入れたのは、画像の形式、題材、雰囲気の指定だ。
たとえば、どんな用途の画像か。何を主役にするか。明るさや温度はどうするか。
もうひとつ、最初からNGにしたいものも入れた。
ありがちな表情。説明しすぎる演出。見た瞬間に広告の型だけが先に見えてしまう要素。
ただし、すべてを固定するための仕組みではない。
必要のないルールは外せるようにもしている。画像によっては、いつもの禁止事項がむしろ必要になることもあるからだ。

NGルールは、好みを縛るためではない
これからは、NGルールをもう少し増やしていきたい。
画像生成は、できることを足していく作業に見える。
でも自分の場合は、「これは違う」を先に置くほうが効く。
何を入れるかだけでは、まだ似たような画像に戻ってしまう。
何を避けるかがあると、画像が自分の方へ少し寄ってくる。
ルールは完成形ではない。
一枚を見て、ここは違ったと思ったら足す。逆に、効きすぎて窮屈なら外す。その繰り返しでいい。
感覚を言葉にするのは、思ったより難しい
人の感覚を言葉にするのは難しい。
「いい感じにして」では足りない。
でも、細かく指定したからといって、欲しい画像になるわけでもない。
なぜ嫌なのか。
どこまでは好きなのか。
広告っぽさの何を借りたいのか。
どこから先は、自分の画像ではなくなるのか。
画像を作るたびに、その境目を探している。
たぶんプロンプトは、AIに命令するためだけの文章ではない。
自分が何に反応する人間なのかを、少しずつ見つけるためのメモでもある。
だから、このサイトも完成を急がない。
納得できる一枚が出たときに、何がよかったのかを残していく。
そうやって言葉が増えていけば、次の一枚は少しだけ自分に近づくはずだ。












