AIで作った資料がつまらない理由は、AIが悪いからではない。
問いのない人が使うと、つまらなさが整って出てくるからだ。
最近、AIで作った「つまらない資料」を見ることが増えた。
でも、それは「AIを使うな」という話ではない。
むしろ逆だと思う。
AIを使うほど、人間が何を持っているかが見えやすくなる。
つまらない資料は答えだけで終わる
つまらない資料は、答えだけがある。
きれいに整理されている。
それっぽい見出しもある。
抜けも少ない。
でも、読んだあとに何も残らない。
なぜか。
問いがないからだ。
「誰が読むのか」
「何を判断してほしいのか」
「どこに違和感があるのか」
「この資料で何を変えたいのか」
その問いがないまま作ると、資料は説明で終わる。
説明はある。
でも、視点が動かない。
面白い資料は問いが残る
面白い資料は、奇抜な資料ではない。
読んだ人の中に問いが残る資料だ。
「そうか、ここが問題だったのか」
「自分たちは何を見落としていたのか」
「次に何を決めるべきか」
こういう問いが生まれると、資料は動き出す。
資料の目的は、情報を並べることではない。
読み手の見方を少し変えることだ。
見方が変わると、判断が変わる。
判断が変わると、行動が変わる。
そこまで行って、資料は仕事をしたと言える。
AIは文章力より問いの質を映す
AIは答えを作るのが得意だ。
要約する。
構成する。
言い換える。
それっぽく整える。
だからこそ危ない。
問いが浅いままでも、見た目だけは整ってしまう。
「いい感じにして」
「わかりやすくして」
「それっぽくまとめて」
この指示でも、AIは返してくれる。
でも、それは平均的な答えになりやすい。
平均的な答えは、だいたいつまらない。
AIはアウトプットの品質を上げる道具というより、
問いの深さを映す鏡だと思う。
人間が持つべきものは文章力ではない
AI時代に人間が持つべきものは、うまい文章ではない。
違和感。
仮説。
相手への想像。
何を変えたいか。
この4つがあると、AIに渡す情報が変わる。
ただの原稿ではなくなる。
判断の材料になる。
ただの依頼ではなくなる。
考えた跡になる。
AIに何を作らせるかより先に、
人間が何を問うているかが出る。
AIが悪いのではなく、役割が逆になっている
AIは答えを出す。
人間は問いを持つ。
この役割なら、AIは強い。
でも、そこが逆になると資料は急につまらなくなる。
人間が問いを持たない。
AIが答えを出す。
その答えを人間がそのまま渡す。
すると、資料から責任が抜ける。
誰に向けたのか。
何を変えたかったのか。
どこに違和感を持ったのか。
それが見えない資料は、どれだけ整っていても弱い。
資料が死ぬ瞬間
資料は、答えだけになった瞬間に死ぬ。
逆に、資料は問いを残した瞬間に生きる。
AIを使ったかどうかは、本質ではない。
その前に、人間が何を問うたか。
その問いが、資料の面白さを決める。
つまらない資料は、AIが作るのではない。
問いのない人間が、AIを使って増幅してしまう。
面白い資料は、問いのある人間が、AIを使って深める。